ほら、今日も桜が舞ってる。





桜よ、舞え





「そ…そんな。」

「お嬢さんの命はあと1ヶ月…あの庭先の桜が散る頃にはもう…」

「…ウソ。」



偶然聞いてしまった会話にあたしは勿論誰もが耳を疑うだろう。

あたしの命はあと1ヶ月…。

桜の舞う季節にあたしはもうこの世にはいないのかもしれない…。

悲しい現実があたしに覆いかぶさった。



「娘には…には絶対に言わないでください。黙っててください。お願いします。」

「わかっています。勿論、こちらとしても最善は尽くすつもりでいるのですが…」



あたしは急いで布団の中に潜り込んだ。

そして少しだけ顔を覗かせ庭先の桜を見た。

あの桜…あんな桜なんかなくなっちゃえばいいのに!

あたしはそう思った。

だって、あたしの命はあの桜が舞い散ってしまう頃にはもう。

だからあの桜がなければあたしの命はずっと…

そう願ってしまったのよ。



「…あれ?さん…?」

「か、郭くん!?」

「何して…」

「郭くんこそ…」

「俺は親父の手伝いなんだけど…」

「お父さん?」

「そ。ここに来てるって聞いて、さ。」

「…へぇ。そうなんだ。」

さんは?何してるの?」

「ここ…あたしの家だから。」

さん家なんだ、ここ。」



郭くんが来たために急いで体を起こし、座った。

郭くんのお父さんって…家にそんな人いたっけ?

…あれ?ちょっと待って。

あのあたしの主治医って…郭先生だった?



「あのさ、郭くん。郭くんのお父さんって何してる人?」

「親父?親父は…医者、だけど。」

「そうなんだ。お医者さんかー。」



ビンゴ。当たりだ。

完璧に当たってしまった。

あたしの主治医は郭くんのお父さんなんだ。



「ねぇ、誰か病気の人がいるの?」

「…え!?さぁ、あたしよく知らないんだ。」

「そ。そういえばさ、さんも大丈夫?」

「え?何が?」

「最近学校ずっと休んでるからさ。クラスで話題にのぼったりしてるんだよ。」

「そうだったの?」



流石に同じクラスの郭くんはよく知ってるなぁ。

あたしはずっと病気の所為で学校を休んでいる。

暫くの間、学校にも行けず、友達にも会えていない。

久しぶりに会ったのが、この郭くんなのだ。



「どうしてたの?ずっと休んで。」

「え?…えっと、風邪とか色々と重なっちゃったから…」

「ふーん。そっか。」



風邪なんてウソだよ。

あたしの病気はもう治らないんだ。

原因不明でいつ発病して、いつ死ぬかもわからなかった病気だから。

もういいの。

本当はもう少ししか生きられないはずだったのに、これだけ生きることが出来たから。十分なの。

…なんてね、ウソよ、あたしは。

もっと生きていたいんだ、あたし。

やりたいことだって沢山あるし…。

勿論、他にも沢山、沢山色々なことがあるの。

そんなこと、あたしは…嫌だよ。



さん。」

「な、何?」

「桜…綺麗だね。」



…!!

桜が綺麗なんて、今のあたしには思えないことだ。

だって…あの桜が散る頃には…



「いつまで悩んで経って変わらないと思うよ、俺は。」

「え?」

「ごめん、さっき親父に聞いたんだ、全部。」

「…な、何言ってるの?」

さんが立ち聞きしてたのも、病気のことも全部知ってるよ。」

「…!?」

「でも、今やりたいことやらなかったら、もうやる暇なくなっちゃうよ?」



そうだ、今のあたしにはやることなんて簡単な事しかないかもしれない。



「諦めるなよ。」

「諦めなかったら…」

さんはきっと生きてるよ。俺がそう信じてるから。」

「……」

「俺が信じれない?」



そういうわけじゃないの。

口が震えて動かずに大きく首を横に振った。



「じゃあ、信じてよ。そして、俺の信じてるを信じようよ。」

「そ、それでも…」

「俺、自分が信じれない人って誰のことも信じられない気がする。」



郭くんの言うことは正しいのだと思う。

だって、自分を信じることも出来ないあたしは誰も信じることが出来ていないから。

それでも、ずっと信じようとしてきたの―――――――

あたし自信、みんな、郭くんもみんな、みんな信じようとしてきた。

でも信じられないあたしが現実の世界にはいた。

信じているのは夢の世界だけ―――――



「ほら、見てよ今日も桜が舞ってる」

「…な、何で!何で桜のことを言うの?あたし、桜の話なんか聞きたくもないっ!!」



そういったあたしを見て、あたしの背中に自分の背中をくっ付けた。

そのまま郭くんの体重に押しつぶされそうになる。



「でも、そう思うのも仕方ないことだと思う。」

「じゃ…」

「それでもそれを乗り越えられるからこそ、神はさんに病気って名の試練を与えたんだと思うよ。」

「神…?あたし、神なんか居ないと思うから…」

「じゃあ、こうしようか。神じゃなくて、俺が与えたとしたら?」

「…え?」

「俺が神と同じように人に試練を与えられたとするよ。そして俺は、さんに試練を与えたんだ。」

「…な、何で…」

「俺の見込んだ大好きな人だから。」



それを聞いたあとの言葉が出なくて、その場にはセミの鳴き声だけが残った。



「でもね、俺等は幸せだよ。」

「…どういうこと?」

「今まで生きてこれたんだ。もっと早く死んでしまう人だって居るんだ。

それだけで幸せだと、俺は思うよ。」



今まで以上に優しい郭くんの言葉に安心感があった。



「桜が散っても俺が死なせない。は死なないよ。」



グルグルと回る言葉の中で、あたしの名前があった。

初めて呼ばれた名前。

そして、『死なせない』の決意。



あたしは今、少し自信がもてた気がした。



「ほら、桜。キレイだね…。桜吹雪だ。」

「…そうだね。」



ニッコリと笑う君の横であたしも笑った。

ほら、もっとキレイになって…桜よ、舞え。