理解者
私は昔、ピアノが大好きだった。
でも、私の弟が死んで以来聴くこともなかった、あの曲。
死んだアイツが大好きだった曲。
ある日、聴こえてきた曲。
それは、アイツが大好きだった、曲。
場所は多分、音楽室だと思う。
私は、走った。でも、すぐに息が上がる。
アイツが死んでから、聴くことのなかった。聴かないようにしていた。
今になって聴くとは思わなかった。
忘れたかった。もう、辛い過去は捨てたかった。
アイツを思い出したくなかったんだよ、あたしは。
…でも、この曲を聴いて鍵をかけていた過去が今、よみがえる。
『お姉ちゃん!僕ね、僕ね、明日ピアノの発表会なんだよ!それでね、それでね、曲、お姉ちゃんに聴いてもらいたいんだけど。よかったら、これから聴いてよ!ねぇ、お姉ちゃん!』
『はいはい。わかった。聴いてあげるから』
『ホント?ありがと、お姉ちゃん!』
もう、“お姉ちゃん”と笑顔で言ってくれる弟は、いない。
弟は、発表会に行く途中に、車の衝突事故で運悪く死んだんだ。
大好きなピアノが大嫌いに変わった瞬間は、弟の死の知らせと同時だった。
弟を奪ったピアノ。ピアノの発表会に行ってなければ、死ななかったかもしれないのに。
バンッ
気が付いたら、すごい音を立てて、音楽室のドアを開けていた。
ピアノを弾いているのは…
弟じゃなくて、同じクラスの笠井竹巳。
「五十嵐さん?」
「笠井君…だったんだ、ピアノ…弾いてたの。」
「うん、そうだけど…。何かあった?」
「え…?」
「五十嵐さん、泣いて…」
気づかなかった。必死だった、ここに来るまで。
あたし、アイツのこと、忘れたと思っていた。
そんなにも思い出したの?あたし。
「俺でよければ聞かせてくれないかな?泣いてる理由」
「……うん…」
あたしは、笠井くんに話した。笠井くんは、最後まで何も言わなかったけど、時々頷いてくれていた。だから、凄く話しやすかった。
「そんなこと、あったんだね」
「うん……」
「俺、思うんだけど、もう忘れる必要ないんじゃない?弟さんのことは、もう鍵をかけて、閉じ込めちゃうようなことは、やめようよ。何かさ、辛くなったり、話したくなったら、俺のところに来てくれればいいから。」
「…うん」
驚いた。…笠井くんがこんな風に言ってくれるとは思わなかったから。
「よかったら、何か弾こうか?」
「さっきの曲…さっきの曲弾いて?」
「…わかった。」
少し笑って、笠井くんは、あの曲を弾いてくれた。
ねぇ、笠井君。貴方は、アイツによく似ているよ。
『弟さんのこと、辛いかもしれないけど、忘れたら、可哀想だよ。もう、忘れるのはやめよう?弟さんとの思い出、消したくないでしょ?』
そういってくれたのは、笠井くんだけだった。
他の友達とかに話したとしても、『忘れるな』って言ってくれた人はいなかった。
笠井くんは、今あたしの一番の良き理解者なのかも…。