真っ暗な空へと一本の線を描き放たれるのは花火。
花火 Ver.1
「結人!」
「うわっ!じゃん!何年ぶり!?すっげぇ久しぶりじゃね!?」
「だよね、だよねっ!!もう結人ってば変わってないからすぐわかったよ!」
「なんだよ!こそ変わってねぇじゃん!あ、太った部分をのぞけば…」
「結人のバカ!」
若菜結人、。
小学生時代からの同級生である私たちは、久しぶりの再会をした。
小学、中学、高校、大学と私たちは同じ道を歩んだけれど、そのあとは結人は、プロサッカー選手、私は教師になった。
昔からサッカー好きな結人と、勉強好きな私。
合わない二人だったけれど、私はサッカーが好きだった。
結人は勉強嫌いだったけど。
「懐かしいね。いつ帰ってたの?」
「さっき!今日さ、祭りだろ!?だから急いで帰ってきたんだって!」
「まだお昼前だよ〜!おばさんも元気してる?」
「おう、元気、元気!なんか畑仕事もよくやってるみたいだぜ。」
「あはっ、元気みたいだね。よかったー。」
小さい頃、結人は、私のうちの隣人だった。
最初に会ったのは、0歳の時らしいけど、そんなの覚えているはずはなくて、一番古い記憶は、おもちゃの取り合いをしていた。
懐かしく感じる隣のうちも、今じゃ主も変わってしまっていた。
「なぁ、夏祭りさ、一緒に行かね?」
「え?私と?」
「そ。きっと彼氏がいないであろう、ちゃんと一緒に行ってさしあげるよ、若菜結人選手がさっ!」
「バカ!私にだって彼氏の一人や二人…」
「見栄張るな!バカだなぁ。言わなくてもわかるって、いない事くらい。まぁ、じゃぁな…」
じろっと向き直るつぶらな瞳は昔と全然変わってなかった。
昔のまんま、夢を追いかけるまっすぐな瞳。
私は、この瞳が大好きだった。
「嘘。スゲー可愛くなった。」
小声で呟く結人の声は、ハッキリとは聞こえなかったけれど、でも確かに私の耳には届いていた。
「バカ。お世辞なんていらないわよ。」
バカだよ、ホント。
結人、すっごいかっこよくなったよ。
いつも練習してるって感じで、凄いやけたよね。
なんか想像できちゃうね。
「さてとっ、行くんだろ?ちゃんと用意しとけよ。迎えに行ってやるから。」
「あ、うん。」
手を振る笑顔はやがて、後ろ姿を私に残していった。
懐かしい笑顔だった。
「お母さーん。」
「あら、。早いわねぇ。」
「うん。さっき結人に会ったよ。帰ってるみたい。」
「まぁ、結ちゃんに。まぁ、懐かしいわねぇ。」
「うん。あのさ、浴衣…ある?」
「あら、アンタ、着ないって昨日言ったでしょ。」
「気が変わったの!」
「結ちゃんの所為か。」
「もう!」
タンスの奥から引きずり出された真っ赤な浴衣。
花火の模様の真っ赤な浴衣。
私のお気に入り。
結人と初めて一緒に行った夏祭りで来ていた浴衣。
まだ、裾伸ばしたら着れたんだよ。
「よ!!」
「結人!」
「珍しく浴衣かー。にしちゃかわいい、っていうか…」
「ちょっと、結人!」
「嘘。かわいい!」
結人…じゃないみたい。
今までの私は結人に冗談ばっかり言われてきたから…嬉しいけど…。
「ホント?」
「ホント。似合うよな、それ。前から思ってたけど。」
「前?」
「あれ、と一緒に夏祭り来たとき、それ着てたことなかったっけ?」
「覚えてたの…?」
「当たり前じゃん!俺だもん。」
「ありがと、結人。」
「お、おう。」
信じられないくらい嬉しいよ。
ありがとうね、結人。
昔から思っていたことだけれど、結人は冗談をよく言うし、お調子者。
でも、そんな結人が大好き。
大好きだった。
昔も、今も。
「あ、花火…」
「もう始まっちゃったのか。」
「何か、夏も終わっちゃう感じがするよね。」
「だなー。ちょっと寂しい。」
「いつからまた向こうに戻るの?」
「んー…もう2、3日したら、かな。」
「そう。早いね。」
「あぁ。」
寂しげに返事をした結人だけれど、隣にいた私の手を握ってくる。
結人の顔を見ると少し赤くなってた気がした。
「あー!先生!」
「ちゃん!夏祭りに来たの?」
「うん!先生も?だれと来たの?」
「先生?先生はね…」
こういう時って、結人のこと、どう言ったらいいのかな?
彼氏…じゃないし。
友達、なんて寂しいこと言いたくない。
どうしたら、いいんだろう?
「先生?」
「あ、ごめんね。ちゃん。ちゃん、お家の人と来たの?」
「うん。そうだよ。」
「ほら、心配したらダメだから、お家の人の所に戻りなさい?また、学校で会おうね。」
「うん!ばいばい先生!」
「ばいばい。」
「…何よ?」
「いやー、も大人になったんだなー、って思ってさ。」
「そりゃなるわよ。」
「まぁな。」
結人はそれから何も言ってくれない。
花火だけが私たちを照らしていた。
「お前、あん時さ…」
「え?」
花火が終わって帰り道、結人が口を開いた。
「俺がいて、困った?」
「何で?」
「俺のこと、言わなかったじゃん。」
「そ、それは…」
「いいよ。ごめんな、今日無理に誘って。」
「結人…」
「じゃ、また…な。」
結人はそういうと下を向いて歩きだして行った。
「結人…結人ぉ…」
バカな、私。
全然大人になんてなっちゃいないじゃん。
結人を悲しませたくないはずなのに…何をやってるんだろう。
「結人―っ!」
並木道の先の方に小さく結人が見える。
振り返ってくれた。
「結人―…結人…」
「バカっ!お前、何叫んでんだよ!」
結人は走ってしゃがみこんだ私に手をかけてくれた。
「ごめっ…ごめんね、結人…」
「いいから。ほら、汚れるって。せっかくの浴衣なのに。」
「ごめっ…ごめっ…」
「いいんだよ。好きなヤツの為なら、何だって出来る、ってね。」
「え…結人…」
「あ、やべっ…」
結人…?やべっ、って何よ…
一体もう…何なのよっ!!
「本当は今言うつもりじゃなかったんだけど、口滑っちゃった。もうちょっとかっこよく言うつもりだったんだけどなー。」
「ううん。」
「…?」
「ありがと、結人。私も…結人のこと―――――――」
花火が舞った夜空は私たち二人だけを映し出してくれた。